ここぱふ ~shalom~

~穏やかな希望あふれる未来へ〜

いまここでこれまでとこれからを見つめ 未来へのやさしい一歩を – Let’s think about Past and Future, and let’s take concrete heartful action.-

ひとりじゃぁ ない・・・


いろいろ 行き詰っていると・・・

ひとりぽっち・・・
こんなの わたしだけ・・・
・・・わたしなんて・・・・・

って 思ってしまう ことがある。

遠く離れた 人のご縁のないところに嫁いできて
夫にも 無視され続けて
関わりにくい子の 子育てに 途方に暮れて
実家では 母が一人で 寝たきりの父と 認知症になってきた祖母に奮闘していて

まだ インターネットも そこまで普及していなくて
(=子育てのサイトなんて まだ おそらくなくて)
19で離れてしまった田舎にも まだ そぅそぅ子育て経験のある友人もなく
(あっても それぞれ渦中だしね。。。)
大学以降は ほぼ男社会の中で生きていて・・・

夫は 朝が近くなってから寝て 気ままに昼間起きる人で・・・
いつ起きるか わからないから お散歩にも出られず
大きくなって気づいた「聴覚過敏」のあった息子は
お砂場に人が来ると 全力で私をひっぱって 立ち去る子で

オタクなおじさん顔負けに 車が好きな子に振り回され
(1歳を過ぎると… 私を押し倒すすべも会得し!??
 1歳半にもなると 暴れてベビーカーを倒して 
 ベルトもとって走り出す。。。
 数年 毎日のように追いかけまくっていたのに・・・・
 唯一、居場所判っているのにつれていかれて 呼び出されたことだけ
 覚えている息子。。。。。。。
 あれは・・・ ??? って 見えてたって。。。。。

 買い物 まとめればいぃじゃんって 思われるけど・・・
 誰も居ない 誰にも相手にされない日々の中で
 レジのお姉さんに「お願いします」「すいません」を言えるのが
 数年の間の 私の 人と認識してもらえていると実感できる
 とても限られた「会話」。
 もと夫との買い物も 片手で余るほど?だし・・・
 人と一緒に歩くという感覚のない人だったし。。。
 (そういう父親の後は 
  置いていかれまい と 必死で追いかけていく息子。
  3歳を過ぎるまで 喋れなかったけれど
  喋れるようになると 半月と経たずに 
  食卓の 右向きと左向きで 会話を使い分けた息子。
  右に居る父親に向けては「おとうさん、おかあさん」。
  左に居る私に向けては「パパ ママ」。
  最初の単語が「パーシー」だったし・・・
  一般的に 口に出やすいのは 破裂音のパのほうなんだけど?
 
  余談だけれど・・・
  寝相悪いのに 小学校入ってもおねしょしていた息子は
  隣の父親の布団には 一度もしでかさなかった。
  一緒に寝ている私の布団や しゅうへんのたたみは
  頻繁に 地図ができていたけれど。。。。

  唯一 会話ができた お隣のおばあちゃんの言葉通り
  ある日 ぱったり 止んだけど。。。
  (軽度の発達障害の子は 働きかけ続けることで
   徐々に・・・ではなく 階段を上がるように成長できる。
   働きかけをやめてしまうと・・・ 
   「障害」のまま に なってしまう。
   ・・・ぅぅぅん・・・
   10年ほど前 思春期で離れてしまっていることもあり?
   いまだ 就職に至らぬ息子。。。。
   コロナもぼちぼち落ち着いてきてほしいし・・・
   そろそろ 本気で 模索しなくちゃぁなぁ。。。。。。。)

と、だいぶ 寄り道したけれど・・・

幼子を抱えて数年 ひとりぼっち と感じる期間を経て

自治会や 女性支援、障がい者支援をするような人たちに
混ぜてもらえていった・・・
(・・・最初に声がけしてくださった人たちは・・・
  私の憔悴ぶりに 危機感を感じてくださった。。。
  孤立して 自ら死を選ぶ人も時折いた 大きな団地。。。
 自治会長の彼女との会話の中で、
 2度くらいしかコッチで会えなかったけれど 
 不本意に名古屋で望まぬ部署に転勤になり
 ゴスペルをうたっていた 一番そばに居た大学の友人のいた
 ゴスペルグループの名前が出てきたのも 救いだった。。。。)

自分なんて・・・

消えていってしまいたい 

自分が消えたって 誰も困らないし 気づかないかも・・・

そんな風に思えてしまっている人も
実は目の前に居るかもしれない・・・

そんな風には 思っている。。。。

でも、

実は そこで 手と手を携えることができることで
多分 お互いに うれしくなれる 大変さを分かち合って楽になれる
そんな仲間が 実はそばに居て・・・・

その安心感は とっても ほぉぉっとできるし
素で えがおを よびおこしあえる。

・・・まぁ、出会うお相手が違うと
人の道にはずれてしまいかねないことにも
つながってしまうかもしれませんから・・・
その辺のセンサーは 持たなくてはいけませんが。。。。
明るい時間に 明るい気分でつながれるお仲間なら
かなり高確率で大丈夫な気が。。。
とはいえ・・・
弱っているところを 待ち受けている宗教のかたたちもあるから・・・
ちょっとゃだな・・・という感覚があるかどうかは
気にかけてみよぅ。。。。
大丈夫な人たちなら
No と 思う気持ちも きっと 受け入れてくれる。

心地いい 心から安心できる という感覚を
大切にしよぅ♪

タイミングも大切だけれど
大丈夫なひとたちは きっと 待ってくれるから。
じぶんが大丈夫な時に たぶんきっと
 もう一度 自分から声を掛けられるチャンスが残ってるから。。。

ふかく 息をはいて・・・
リラックスして たくさん息をすって・・・

だいじょうぶ。

ひとりじゃぁない。

あなたも わたしも 「たったひとつの たからもの」。

そぅそぅ。こう 綴って 思い出した。


ネットで一目見て なぜだか とっても目から涙のあふれた記事があった。
「たったひとつのたからもの」
ダウン症の 笑顔いっぱいの男の子の写真を綴った
小田和正さんの曲のCMの紹介。 
のちに 聖子ちゃん主演で映画?にも。
先日も シリーズ物のCMは流れてた。その 一番最初のCM。

彼が笑顔いっぱいで映っていた海は
実は 自分にも縁が深い 茨城 大洗だったとのちに知る。
そして 心地よさそうに お父さんにいだかれていたのは
私が一番元気になれる海辺。

倒れた父の 快方の兆しを感じた夜を越えて
出勤前に 一度だけ・・・ 
初めて海からの日の出を見た場所。

その後・・・遠く離れてからも 
頑張って駆け付けると かならず 元気をもらえる場所。。。。

あの場所からの 
とっておきの 一番大好きな写真をさいごに。。。。

景色もそうだけれど

穏やかな日の 外海の寄せるリズムは
どこか 心を和ませてくれる。
ひとは・・・ 生命は うみから生まれた。
・・・怖い場所でもあるけれど。。。。
(前世 大洗の海で死んでるのかなぁ。。。って思う位
 初めて海に行った日から 15年位前まで
 怖くて 大洗の海には入れなかった自分。。。。(苦笑))

老若男女、富める者も貧しいわたしたちも(苦笑) 
障がいのあるひとも 病める人も
げんきなひとも・・・
ひとも 草木も どうぶつたちも
生命をもつものそれぞれに せいいっぱい 生きている。
まずは 枯れにくい サボテンさんでもいぃ。。。。
ひとりじゃぁない って 深呼吸して

笑顔になれる なかまと まずは つながろぅ♪
ほっ・・・として 笑顔で元気になれたら…
(すこし・・・元気を取り戻すために時間も必要かもしれないけれど・・・)
きっと あなたも わたしも だれかのちからにもなれるから。。。